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Apr. 28, 2022

映画『ドライブ・マイ・カー』の撮影に使用されたARRIのカメラと照明

撮影監督の四宮秀俊氏と照明技師の高井大樹氏(日本映画テレビ照明協会)は安定性と汎用性に富んだARRI製機材を使用することで、アカデミー賞受賞作『ドライブ・マイ・カー』の登場人物のリアルな感情をありありと捕らえることができた。

Apr. 28, 2022

世界を席巻する話題作『ドライブ・マイ・カー』が、最近アカデミー賞国際長編映画賞を受賞する快挙を成し遂げた。この映画は村上春樹の短編小説を監督の濱口竜介氏が実写化したもので、人間的な感情の動きの見せ方にも実験的な手法が取られている。ストーリーだけではなく撮影方法にもこだわった。撮影監督の四宮秀俊と照明技師の高井大樹氏(日本映画テレビ照明協会)はこの重層的なストーリーを、ARRI ALEXA Mini、ウルトラプライムレンズ、Mシリーズのライトを使用し、濱口監督の世界観を忠実に表現することに挑戦した。

「濱口監督の撮影スタイルは非常に独特です。それは撮影スタイルというよりも演出のスタイルにおいてです。撮影現場に入る前に俳優達への演出のほとんどが済んでいる状態です。ですので撮影現場自体は至ってスムーズに進みます。私が写しとりたかったのは、原作の村上春樹さんの作品の持つ雰囲気でありシナリオの世界観ではありますが、第一は濱口監督の持つヴィジョンでありそれに共鳴した俳優達の表現です。」と四宮氏は話す。

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『ドライブ・マイ・カー』の撮影スタッフとARRI ALEXA Miniのセット

「映画冒頭の夫婦のシーンでは、妻の音はシルエットになって顔は見えないのですが、声だけがしっかりと聞こえてくる。一番無防備な状態である裸であるにもかかわらず、その多くが暗く見えない状況です。これは、観客に謎めいた空間を与え、声からしか分からないこの人物を想像させるための計算でした。一見何の問題もない様な夫婦の間にもあるお互いが理解できない部分を表現するために映像を使いました」そして四宮氏はこう続けた。「この映画においては映像よりも台詞や声に重点が置かれており、それが監督の全編にわたるテーマでした」 

神秘的な雰囲気を与えるために、四宮氏は撮影にブルーの色調を選んだ。彼は、ポルトガル人の撮影監督エドゥアルド・セロとフランス人監督クロード・シャブロルによる映画『バーデスメイド』(邦題『石の微笑』)のような映画をイメージしたのだと話す。「村上春樹さんの原作を読みながら、トワイライト・朝方・夜明けをこの色で、神秘的な雰囲気でとイメージしていました。ライティングも自然でありながら、ユニークなものにしようとしました」と四宮氏は語る。

数々の賞を受賞した濱口監督にとって、『ドライブ・マイ・カー』のストーリーと撮影は互いに補完し合っていたという。「ストーリーはかなり複雑なんですが、撮影はシンプルに、非常に有意義に進みました。この映画では、映像的なエモーションを求める様な撮影はあまり行わず、登場人物を見つめ続け、彼ら彼女らが魅力的に見える位置にカメラを置き、彼らの行動を追うことにフォーカスしていました」と四宮氏は話す。「俳優を第一に考え、スタッフはそれをサポートする、それが濱口流です」

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撮影監督の四宮秀俊氏と照明技師の高井大樹氏のチームは、ALEXA Miniを使用して広島県の雪原での撮影を行った

このアプローチのおかげで、スタッフやキャストは非常に良い撮影環境と物語の中での演技に適した環境を得ることができたという。そして監督のこの考えが、今回のALEXA Mini とウルトラプライムレンズの採用につながったのだ。 「ALEXA Miniを選んだのは、安定していて信頼性が高いからです。濱口監督は本番の緊張感をそのまま撮影したかったので、テクニカルテストやリハーサル撮影は1、2度にとどめました。私は撮影監督として1ショットも無駄にしてはいけないという風に考えているので、撮影現場では安定していて信頼性の高い、使いやすい機材を使うことがとても重要なんです」とベテランの撮影監督は語る。 

「Miniを使うのは今回が初めてなのですが、見た目も質感も気に入っています。被写界深度が深く、色も正確です。ウルトラプライムは仕事でよく使うのですが、使いやすく、非常に自然なイメージとシャープさが気に入っています」とARRIのALEXAシリーズを長年愛用する四宮氏は語った。

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2台のARRI ALEXA Miniとウルトラプライムレンズが取り付けられた赤のサーブ

車内での撮影が多いので、撮影チームは小さく安定したカメラを選ぶ必要があった。「サーブは本当に小さいのですが、ALEXA Miniは車内で2台使用できるほど柔軟性がありました。 しかも、ファンのノイズがまったくありませんでした」 

「車の中のシーンのほぼ9割が事前に考えられています。登場人物の顔があまり見えない車内のバックショット気味のカットから、徐々にカメラが人物の正面に回り顔や表情が見えてくるタイミングまで、観客が車内で何が起こっているのかに興味を持ち、想像する時間が計算されています」と四宮氏は語る。 

2台のMiniとウルトラプライムレンズに加えて、この映画ではARRI Mシリーズのライトもメインの光源として使用されていた。「濱口監督は、不自然な照明方法や過度な照明は好みません。人工的な光は必要な時だけ加えました」と照明技師の高井氏は明かす。「役者や車が動けるくらい広い範囲を照らしてくれるので、大幅な調整に時間を割かずにすみます。そういった点で、ARRI Mシリーズのライトは欠かせませんでした。撮影ではこのライトを常に使用していて、現場で使う照明はARRI以外に考えられません」

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別のバンからレッドサーブを照らすARRI Mシリーズのライト

その品質もさることながら、Mシリーズのライトは予算を抑えるのにも役立った。また、この作品は低予算で制作されたことでも知られ、予算のほとんどは機材よりもそのキャスティングに割かれた。「『ドライブ・マイ・カー』の予算が他の作品に比べて低いことがよく話題になりますが、最小限の予算で撮影を実現させるために、撮影の裏で撮影スタッフ全員がどんなに大きな努力をしてきたかを理解していただきたいです。私たちが協力し合い、力を出し切れたのも、みんな濱口監督を尊敬していたからこそでしょう」と高井氏は話す。 

低予算ではあったものの、『ドライブ・マイ・カー』は数多くの賞やノミネートを獲得した。それは何よりも、この作品が素晴らしいストーリー、献身的なチーム、信頼できる機材に恵まれていたことを証明している。

映画『ドライブ・マイ・カー』は動画配信サイトHBO Maxで配信中